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いまも昔もヒトの考えることって実はあんまり変わらない。
日本舞踊のストーリーを読み解いて、そこに登場するキャラクターたちの現代にも通じる想いを
お伝えしていきたいと思います。
もしかしたら、あなたの悩みを解決するヒントがみつかるかも…
今回は、「月缺皿恋路宵闇(つきのかけざらこいじのよいやみ)」の上演中に起きた事故のお話です。
|三世澤村田之助
江戸時代末期から明治初期にかけて、美貌、美声、実力すべて揃った大人気の歌舞伎役者がいました。
三世澤村田之助です。五代目澤村宗十郎の次男として生まれ、3歳で初舞台を踏み、子役の頃からとても評判が
よかったといいます。しかし、9歳で父親を突然亡くして窮地に立たされてしまいます。この当時、歌舞伎の
門閥家に生まれ、後ろ盾になってくれる(芸を仕込んでくれる)父親を早くに亡くした子供の立場は厳しく、
舞台で実力を示せなけば凋落への道が待っていました。そのうえ、転職することも許されていませんでした。
父親亡き後、18歳になっていた兄が、二世澤村訥升(さわむら とっしょう)を襲名して跡を取りますが、
のんびりしていて、お坊ちゃん気質だった兄に対して、弟の由次郎(後の三世澤村田之助)は、上昇志向が
高かったといわれています。頭の回転が速く、巧みな台詞回しと天才的な演技力をもち、舞踊や立ち回りも
得意としていました。しかも、同じ舞台に立った相手役が見惚れてしまうほど美しかったといいます。
その後、15歳で三世澤村田之助を襲名すると、その翌年には、江戸三座のひとつ、守田座の立女形に抜擢され
ます。立女形とは、女性の主人公を勤めることができる、超一流の女形のことで、わずか16歳で立女形に抜擢
されるのは極めて異例なことでした。この頃から三世澤村田之助の人気は爆発的で、結っていた髪型は田之助髷
と呼ばれて江戸市中で大流行し、田之助衿や田之助下駄、田之助紅絹(もみ)といった商品まで生まれました。
|舞台の魔物
舞台には魔物が棲んでいるといいます。予期していないハプニングが起こることがある……と。
でもこんな事故を一体誰が予測することができたでしょうか。
|役者魂
1862年守田座、大入りの「月缺皿恋路宵闇」の舞台で、継母に虐められている缺皿が吊り責めに合っている
場面で突然縄が切れて、縛られていた缺皿役の三世澤村田之助は落下してしまいます。そのとき運悪く舞台に
飛び出ていた釘が右足に刺さり大量に出血します。そばにいた継母役の三世関三十郎は、すぐに幕を引かせよう
としますが、田之助は衣裳で出血を隠し芝居を続けました。幕間に医師に診てもらい骨折していないとわかり、
田之助は止血して後半も芝居を続けると言い出します。「紅皿① ~ 紅皿缺皿」でもお話しましたが、後半は
缺皿の父親の仇、須之助との大立ち回りがあります。医師も周囲も芝居を続けるのは無理だと反対しますが、
田之助は聞きいれず、止血した包帯を怪我人じみているから嫌だと、紅絹をきつく巻きつけ、激痛のなか、
後半の相手役の須之助を圧倒するような大立ち回りをやってのけました。観客たちは大喝采し、舞台は大成功、
田之助は翌日からも舞台を休むことはありませんでした。紅絹を巻いた田之助の色っぽくも勇ましい姿は評判と
なり、「月缺皿恋路宵闇」は3カ月のロングランとなります。江戸の町では、田之助の真似をして怪我もして
いないのに手や足に紅絹を巻く若者が増えたといいます。これが田之助紅絹が大流行するきっかけでした。
文化デジタルライブラリーより 豊原国周作 「魁駒松梅桜曙もの」
https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/collections/view_detail_nishikie?division=collections&class=nishikie&type=title&istart=0&iselect=%E3%81%84&trace=detail&did=990
|その後
ずっと動き回っていたわけだから当然ですが、「月缺皿恋路宵闇」の舞台が終わるころになっても、傷は治って
いませんでした。ただ、骨に異常がなかったため、田之助も含め、誰もが刺し傷だと思い込んでいました。
しかし、その傷が原因で脱疽を引き起こし、横浜で診療所を開いていたジェームス・カーティス・ヘボン博士の
執刀で右足を大腿部から切断することになってしまいます。その後も田之助は、アメリカから取り寄せた義足を
つけて舞台に立ち続けましたが、病状は一進一退を繰り返し、数年後には左足を切断、最終的には両手も左小指
を残して切断することになってしまいます。それでも田之助は、厳しい鍛錬を続け、台本や大道具を工夫して、
33歳という若さで亡くなる前の年まで舞台に立ち続けました。同情心や好奇心をもって訪れる観客に「芝居」
を魅せることで、無用の同情を感じさせず、「障害があるからこそかっこいい」と魅了できるように、持って
生まれた表現力に加えて、寝る間も惜しんで努力し続けたといいます。
|最後に
いかがでしたか。
三世澤村田之助の生きる姿勢、舞台にかける情熱と役者魂に激しく心が揺さぶられました。
私が日々抱えている問題なんて足元にも及ばないものですが、前進する大きな力と勇気をもらいました。
そして、その舞台を観てみたかったと思います。
次回は「山吹伝説」のお話です。
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